一筆書き乗車券で紀州・関西・北陸へ|3日間で東京からぐるっと回った鉄道旅

旅行

これまでこのブログでは、仕事のこと、借金返済やお金のこと、一人暮らし、資格、副業など、主に自分の生活について書いてきました。

人生を立て直していく過程や、これまで経験してきたことを書くのがこのブログを始めた大きな理由の一つです。

ただ、それだけが自分の生活ではありません。

自分はもともと旅行や鉄道、サウナなどが好きで、休みが取れれば遠くへ出かけることもあります。

そこで今回は少し方向を変えて、旅行について書いてみようと思います。

紹介するのは、2023年12月に行った「一筆書き乗車券」を使った3日間の鉄道旅です。

2023年12月、これまで自分でも買ったことがないような長い経路の乗車券を使って、3日間の鉄道旅をしました。

今回使ったのは、東京都区内を出発し、

名古屋 → 紀伊半島 → 関西 → 北陸

と大きく回り、再び首都圏へ戻ってくる乗車券です。

いわゆる「一筆書き乗車券」と呼ばれるような旅程です。

乗車券の金額は17,680円
有効期間は2023年12月22日から12月30日までの9日間でした。

ただし、実際に旅行したのは9日間ではありません。

3日間で回りました。

しかも、ただ列車に乗り続けただけではありません。

名古屋でひつまぶしを食べる。
紀伊半島の海を見る。
紀伊勝浦でマグロを食べる。
くじらの博物館へ行く。
温泉に入る。
京都・嵐山へ寄り道する。
トロッコ列車に乗る。
金沢で海鮮を食べる。

かなり詰め込んだ3日間でした。

この記事では、そんな一筆書き乗車券旅を写真とともに振り返ります。


  1. 今回使った一筆書き乗車券
  2. 今回使った一筆書き乗車券の経路
  3. 途中にJRではない「伊勢鉄道」が入っている
  4. 第三セクターを挟んでも1枚の乗車券にできた
  5. 「河原田・津」という表示が重要
  6. 特急南紀はそのまま伊勢鉄道へ入る
  7. 「JRの切符なら何でも伊勢鉄道に乗れる」わけではない
  8. 名古屋到着後はいったん金山方面へ戻る
  9. 1日目はウェルビー栄に宿泊
    1. サウナを旅程そのものに組み込む
    2. ウェルビー栄を選んでよかった点
  10. 紀伊長島を通り、海の見える路線へ
  11. 紀伊勝浦に来たら食べたい「生まぐろ」
  12. 紀伊勝浦で「お食事処 大和」のマグロ丼を食べる
  13. 勝浦港から「紀の松島めぐり」へ
  14. 太地町は400年以上クジラと関わってきた町
  15. 大型のクジラから小型鯨類へ
  16. 太地町とイルカの追い込み漁
  17. その歴史を知ることができる「くじらの博物館」
  18. くじらの博物館では鯨への餌やりも体験
  19. 夕食は紀伊勝浦の「桂城」で鯨定食
  20. 「ホテル浦島チェーン」の料理旅館
  21. 万清楼にも源泉かけ流しの温泉がある
  22. 最大の楽しみは、船でホテル浦島の温泉へ行けること
  23. ホテル浦島の「忘帰洞」へ
  24. 客室は昔ながらの旅館らしい和室が中心
  25. 勝浦観光の拠点としても便利だった
  26. 万清楼に泊まって特に印象に残ったこと
  27. 車内ラウンジから海を見る
    1. 大阪環状線から地下へ入っていく
    2. 2023年にルートが地下化され、大阪駅に停車するようになった
  28. 大阪駅からさらに新大阪へ
  29. 渡月橋へ
  30. 嵐山では「そばしき 嵐山総本店」で手打ちそば
  31. 嵯峨野トロッコ列車とは
    1. もともとはJR山陰本線だった線路
  32. 保津川渓谷を眺めながら亀岡へ
  33. トロッコ亀岡駅まで乗車
  34. 金沢駅では「魚菜屋」へ|乗り換え時間に北陸の海鮮

今回使った一筆書き乗車券

今回購入した乗車券は、

東京都区内 → 東京都区内

という、一見すると少し不思議な乗車券でした。

しかし経路を見ると、東京からそのまま戻るのではありません。

東海道方面へ進み、名古屋から紀伊半島へ入り、関西を通り、さらに北陸方面へ抜けて首都圏へ戻る長いルートです。

詳細を説明すると

今回使った一筆書き乗車券の経路

今回購入したのは、

「東京都区内 → 東京都区内」

という乗車券です。

出発地と到着地だけを見ると同じ「東京都区内」ですが、当然そのまま東京を一周するわけではありません。

券面に記載された経由を実際の路線に置き換えると、おおむね次のようなルートになります。

→ 東京都区内

→ 東海道新幹線(東京〜名古屋)→ 関西本線 (名古屋〜河原田)
→ 伊勢鉄道線(河原田〜津)
→ 紀勢本線(津〜新宮〜紀伊勝浦〜白浜〜和歌山)
→ 阪和線 (和歌山〜天王寺)
→ 大阪環状線(天王寺〜西九条〜大阪)
→ 東海道本線(大阪〜京都〜山科)
→ 湖西線 (山科〜近江塩津)
→ 北陸本線 (近江塩津〜敦賀〜福井〜金沢)
→ 北陸新幹線(金沢〜東京)


→ 東京都区内

という、かなり長い経路です。

自分がこの旅をしたのは2023年12月なので、この当時はまだ北陸新幹線の金沢~敦賀間が開業しておらず、京都から金沢までは湖西線、北陸本線経由の特急サンダーバードで移動できました。

乗車券の金額は17,680円

有効期間は2023年12月22日から12月30日までの9日間でしたが、実際の旅は3日間で回りました。

この切符をよく見ると、経由欄に

「関西・河原田・津・紀勢」

という表記があります。

実は、この「河原田・津」が今回の切符ではかなり重要なポイントです。


途中にJRではない「伊勢鉄道」が入っている

名古屋から紀伊勝浦へ向かった特急南紀は、ずっとJR線だけを走っているわけではありません。

関西本線の河原田駅から紀勢本線の津駅までの22.3kmは、JRではなく伊勢鉄道という別会社の路線を通ります。

伊勢鉄道にはJRの特急「南紀」や快速「みえ」がそのまま乗り入れているため、列車に乗っているだけだと会社が変わったことに気づきにくい区間です。

伊勢鉄道は、もともと1973年に国鉄の「伊勢線」として開業した路線で、1987年に第三セクターの伊勢鉄道として営業を開始しました。現在も三重県や沿線自治体、民間企業などが株主となっています。

つまり、

JR関西本線

河原田

伊勢鉄道



JR紀勢本線

という形で、途中に別会社を挟んでいるわけです。


第三セクターを挟んでも1枚の乗車券にできた

ここが今回の切符の面白いところです。

伊勢鉄道はJRではありませんが、JRとの間に連絡運輸の取り決めがあります。

JR東海の現在の旅客連絡運輸規則でも、伊勢鉄道について、関西本線の河原田駅と紀勢本線の津駅を接続駅として普通乗車券などを取り扱えることが定められています。

今回のように、

JR → 伊勢鉄道 → JR

と途中で別会社を通過する形は、一般に「通過連絡運輸」と呼ばれる扱いです。

そのため、

東京からJRの乗車券を買う

河原田でいったんJRの切符を終了

伊勢鉄道の切符を別購入

津から再びJRの切符を購入

と3枚に分ける必要はありませんでした。

伊勢鉄道の区間を含めて、東京都区内から東京都区内まで1枚の乗車券として発券できたわけです。

運賃計算でも、伊勢鉄道の22.3kmをJRの営業キロとして計算するわけではありません。基本的にはJR部分の運賃に、別会社である伊勢鉄道部分の運賃を組み合わせる考え方になります。国土交通省・観光庁の鉄道運賃計算問題でも、伊勢鉄道を通過連絡運輸として使う場合、JR区間と伊勢鉄道区間を分けて計算する扱いが示されています。

今回の17,680円の乗車券では、その伊勢鉄道を通る経路まで含めて発券されています。


「河原田・津」という表示が重要

伊勢鉄道公式サイトでも、伊勢鉄道を利用できる乗車券の例として、

「経由:関西・河原田・津・紀勢」

という表示が案内されています。

まさに今回自分が使った乗車券の経路です。

逆に、

「関西・紀勢」

だけの乗車券の場合は、河原田から亀山を経由して津へ向かうJR線の経路を意味するため、その切符のまま伊勢鉄道へ乗ることはできません。伊勢鉄道を使うなら、伊勢鉄道経由として発券されている必要があります。

一見すると小さな違いですが、

河原田 → 津

という2駅が券面に入っていることで、

この乗車券は伊勢鉄道経由ですよ

という意味になります。

鉄道の切符をじっくり見る面白さを感じた部分でもありました。


特急南紀はそのまま伊勢鉄道へ入る

実際の旅行では名古屋から特急南紀に乗りました。

南紀は名古屋から関西本線を走り、河原田からそのまま伊勢鉄道線へ入り、津から再びJR紀勢本線へ入ります。

そのため、河原田や津で列車を降りて切符を買い直す必要はありません。

今回のように最初から伊勢鉄道経由の連絡乗車券を持っていれば、そのまま南紀に乗って通過できます。

もちろん、乗車券とは別に特急南紀を利用するための特急券は必要です。

JRの連絡運輸規則では伊勢鉄道との急行券類についても取り扱いが定められています。


「JRの切符なら何でも伊勢鉄道に乗れる」わけではない

ここは一筆書き乗車券を作る際の注意点です。

伊勢鉄道はあくまでJRとは別会社です。

そのため、例えばJR線を対象とする企画乗車券であっても、自動的に伊勢鉄道が利用できるとは限りません。

伊勢鉄道公式では、青春18きっぷやジャパン・レール・パスなどでは伊勢鉄道区間が利用対象外となるため、別途伊勢鉄道の運賃が必要と案内されています。一方、伊勢鉄道まで利用できることを明記した企画乗車券もあります。

つまり重要なのは、

「JRの列車が走っているか」ではなく、「持っている切符がその鉄道会社で有効なのか」

ということです。

特急南紀はJRの車両ですが、河原田~津では伊勢鉄道の線路を走っています。

この違いを知ってから切符を見ると、一筆書き乗車券の面白さがさらに増しました。

乗車券は9日間有効でしたが、自分はこの経路を3日間で回りました。

なお、ここで注意したいのが、この17,680円は基本となる乗車券の金額だということです。

新幹線や特急列車を利用する場合は、区間に応じて別途特急券などが必要になります。

また、今回の京都から嵐山方面への寄り道のように、一筆書き乗車券の経路から外れる区間についても別料金で利用しました。

自分にとって一筆書き乗車券は、

「すべてを一枚で済ませる魔法の切符」ではなく、旅全体の大きな骨格を作る切符

という感覚でした。


1日目|東京から名古屋へ

旅のスタートは東京。この日は夕方まで仕事。終わってからスーツケースを持って品川駅へ

まずは東海道新幹線のぞみで名古屋へ向かいました。夕方ののぞみは混んでいました。

3日間でかなりの距離を回るため、時間をかける区間と時間を短縮する区間を分けることにしました。

最初の東京から名古屋は新幹線で一気に移動します。


名古屋到着後はいったん金山方面へ戻る

東京から東海道新幹線で名古屋駅へ到着。

ただ、このまますぐ紀伊半島方面へ向かったわけではありません。

最初の目的は、あつた蓬莱軒でひつまぶしを食べることでした。

あつた蓬莱軒へ向かうため、名古屋駅から中央本線で金山駅へ移動しました。

今回の一筆書き乗車券では、東京から東海道新幹線で名古屋まで西へ進んできています。その状態から金山へ向かうと、位置関係としては東京方面へ少し引き返す形になります。

一筆書きの旅では基本的に同じ区間を重複して進まないように経路を組んでいたため、ここは一筆書き乗車券を使わず、名古屋〜金山の乗車券代を別途支払いました。

当時最新鋭の中央本線315系の快速中津川行

金山駅に到着してからはタクシーに乗り、あつた蓬莱軒へ。

そして今回の旅、最初のご当地グルメだったひつまぶしを食べました。

念願の鰻のひつまぶし最高に美味しかったです。

今回のような一筆書き旅でも、すべての移動を無理に一枚の乗車券へ収める必要はありません。

本線となる一筆書きルートは崩さず、観光や食事のために少し戻ったり寄り道したりする部分だけ別料金にする。

自分はこの方法で、鉄道のルートそのものを楽しみながら、行きたい場所にも立ち寄りました。

あつた蓬莱軒 本店 (熱田神宮伝馬町/うなぎ)
★★★☆☆3.71 ■明治6年創業の老舗。150年以上守り続ける伝統の味「ひつまぶし」を、風情溢れる和空間で堪能 ■予算(夜):¥5,000~¥5,999

1日目はウェルビー栄に宿泊

1日目は名古屋で終了。 名城線で熱田神宮伝馬懲役から名古屋の中心街栄駅まで移動。

宿泊先はウェルビー栄にしました。

自分はもともとサウナが好きなので、名古屋で一泊するなら、ただ寝るだけのホテルではなくサウナも楽しめる場所に泊まりたいと思って選びました。

東京から新幹線で名古屋まで移動し、あつた蓬莱軒でひつまぶしを食べたあと、ウェルビー栄へ。

翌日は朝から特急南紀で紀伊勝浦方面へ向かう予定だったので、1日目は名古屋でしっかり休むことにしました。

サウナを旅程そのものに組み込む

自分の旅行では、移動や観光だけでなく、サウナも目的の一つになることがあります。

今回も、

東京から名古屋へ移動
→ 名古屋グルメを楽しむ
→ サウナに入って宿泊
→ 翌朝から紀伊半島へ

という流れにしました。

長距離を移動する鉄道旅では、翌日に疲れを残さないことも大切です。

ウェルビー栄でサウナに入り、そのまま宿泊できたことで、1日目を名古屋で完結させることができました。

ウェルビー栄を選んでよかった点

今回のような鉄道旅では、「宿泊だけのためにホテルへ行く」というより、宿泊先自体も旅の目的の一つにすると楽しみが増えます。

自分の場合、名古屋ではひつまぶしとウェルビー栄をセットにしたことで、翌日の紀伊半島への移動だけではなく、1日目もしっかり旅行として楽しむことができました。

翌朝はウェルビー栄を出発し、名古屋駅から特急南紀へ。

ここから一筆書き旅はいよいよ紀伊半島へ入っていきます。

予約はこちらから⬇️ 料金等は最新の状況ご確認ください

じゃらんnetでウェルビー栄の宿泊プランを見る

2日目|特急南紀で名古屋から紀伊勝浦へ

2日目。

名古屋から乗ったのはJR東海のHC85型の特急南紀です。

ここから旅の景色が大きく変わります。

大都市・名古屋を出発し、列車は愛知県から三重県へ入り、関西本線、伊勢鉄道、紀伊本線を進み、徐々に紀伊半島へ。

東京から名古屋までの新幹線とは違い、ここからは車窓そのものを楽しむ時間が増えていきました。


紀伊長島を通り、海の見える路線へ

紀伊半島を進んでいくと、山と海が近い景色が増えてきます。

紀伊長島駅で交換待ちで一度下車、空気が美味しい。

特に印象的だったのが、南紀の海です。

紀伊本線 新鹿駅付近 新鹿海水浴場

新宮駅手前で熊野川の河口を渡り、三重県から和歌山県へ

青い海と山。

東京や名古屋とはまったく違う景色です。

目的地へ向かうための時間だったはずなのに、車窓そのものが観光になっていました。

これは鉄道旅の大きな魅力だと思います。

新宮駅がJR東海とJR西日本の境界駅となります。

ここからから紀伊勝浦までJR西日本区間に入ります。

また、JR東海の紀伊本線(亀山〜津〜新宮)は非電化区間でしたが、JR西日本区間(新宮〜和歌山)は電化区間になります。なので南紀号は非電化区間対応の車両が使われています。

新宮駅から電化区間対応の電車が中心になってきます。


紀伊勝浦へ到着

特急南紀で紀伊半島を進み、紀伊勝浦へ到着しました。 名古屋駅から4時間近く乗車。ここまででもなかなかの長旅でした。

今回の旅の中でも、紀伊勝浦は特に滞在内容が濃かった場所です。

列車を降りて終わりではありません。

ここから食事、観光、宿泊、温泉まで楽しみます。

紀伊勝浦に来たら食べたい「生まぐろ」

紀伊勝浦に到着して、まず食べたかったのがマグロです。

紀伊勝浦がある和歌山県那智勝浦町は、マグロの町として知られています。町の公式情報によると、勝浦漁港は延縄(はえなわ)漁法による生鮮まぐろの水揚げ日本一を誇る漁港です。

ここでポイントになるのが、単なる「マグロ」ではなく「生まぐろ」であること。

生まぐろとは、一度冷凍してから解凍したものではなく、漁獲後から冷凍せずに流通するマグロです。那智勝浦観光機構も、生まぐろの特徴として、繊細な旨味やもちもちとした食感を挙げています。

勝浦漁港で扱われるマグロは、はえ縄漁で漁獲された後、一本一本活け締め処理され、船内では冷水を使った氷温状態で保存することで鮮度を保っています。和歌山県では、その中でも品質に優れた天然マグロを「紀州勝浦産生まぐろ」として紹介しています。

紀伊勝浦で「お食事処 大和」のマグロ丼を食べる

紀伊勝浦に到着して、楽しみにしていたのがマグロです。

勝浦漁港は生まぐろの水揚げで知られる港。せっかくここまで来たなら、やはり現地でマグロを食べてみたいと思いました。

今回入ったのは、紀伊勝浦にある**「お食事処 大和」**。

そこで注文したのがマグロ丼です。

実際に食べてみると、まず驚いたのが脂のノリでした。

普段食べているマグロとは明らかに印象が違い、身の旨味と脂のバランスが非常によく、口に入れた瞬間に「これは違う」と感じるほど。

脂のノリが違いすぎて、絶品でした。

ただ脂っこいという感じではなく、マグロそのものの味もしっかり感じられます。

紀伊勝浦まで鉄道で来て、現地で食べるマグロ。

今回の3日間の旅の中でも、特に印象に残った食事の一つになりました。

名古屋ではひつまぶし。

紀伊勝浦ではマグロ。

移動するだけではなく、その土地でしか味わえないものを食べることも、自分にとって旅の大きな楽しみです。

お食事処 大和 (紀伊勝浦/海鮮)
★★★☆☆3.42 ■予算(昼):¥2,000~¥2,999

勝浦港から「紀の松島めぐり」へ

紀伊勝浦では、マグロを食べるだけでなく、「紀の松島めぐり」の遊覧船にも乗りました。

紀の松島は、勝浦港周辺に点在する島々や岩礁を船から眺める景勝地です。紀の松島観光の遊覧船では、勝浦港から海へ出て、周囲約17kmにわたる海岸景観を楽しむことができます。

紀伊勝浦駅周辺を歩いているだけでは分からないのですが、船で海へ出ると、この地域が海と入り組んだ岩場に囲まれた土地だということがよく分かります。

海の上から眺める大小の島や岩場は、列車の車窓から見る南紀の海とはまた違った景色でした。

鉄道で紀伊半島を移動してきて、その途中で今度は船に乗る。

今回の旅では新幹線や特急だけでなく、こうして現地の遊覧船まで移動そのものを楽しめたのも印象に残っています。

紀の松島めぐりは勝浦港の観光桟橋から乗船でき、JR紀伊勝浦駅からも徒歩圏内です。現在は複数のコースが設定されていますが、運航内容や料金は変更されることがあるため、旅行前には公式情報を確認した方がいいと思います。

紀伊勝浦からタイムズカーで太地町へ|くじらの博物館

紀伊勝浦周辺の観光では、紀伊勝浦駅近くでタイムズカーシェアを利用し、隣の太地町まで車で向かいました。

目的地は太地町立くじらの博物館です。

今回の旅は鉄道が中心ですが、駅から行きたい場所まですべて鉄道だけで移動することにはこだわっていません。

紀伊勝浦を拠点に、必要なところではカーシェアも使う。

一筆書き乗車券を旅の大きな軸にしながら、現地では別の交通手段も組み合わせました。

タイムズカーシェアで借りたソリオ

そして、太地町について調べてみると、ここに「くじらの博物館」があることには、かなり深い歴史的背景があります。

太地町は400年以上クジラと関わってきた町

太地町は、公式に「くじらの町」を掲げるほど、捕鯨と深い関係を持つ地域です。

太地町によると、日本では古くから鯨類が利用されてきましたが、史料で確認できる組織的な捕鯨を産業として成功させた人物の一人が、太地の和田頼元とされています。船を組織し、海を見張る「山見」を設置し、旗や狼煙を使って連携するなど、大規模な捕鯨の仕組みを作っていきました。

その後、孫の和田頼治が、クジラを網に追い込んで動きを抑えてから捕獲する網捕り式捕鯨を発展させ、この技術は西日本各地にも広がっていったと太地町は説明しています。

つまり太地町とクジラの関係は、観光のために最近作られたものではありません。

400年以上にわたって、漁業、食文化、仕事、地域の行事などとクジラが結びついてきた町です。和歌山県も、太地町では1600年代から組織的な捕鯨が行われ、時代によって形を変えながら鯨類との関係が続いてきたとしています。

大型のクジラから小型鯨類へ

太地町の捕鯨も、400年間ずっと同じ方法だったわけではありません。

江戸時代末期になると大型鯨類の回遊状況などが変化し、さらに1878年には、捕鯨船団が遭難して100人を超える行方不明者を出した**「背美流れ」**と呼ばれる大きな事故が起きました。これらを背景に従来の組織的な捕鯨が衰退し、その後は小型鯨類を対象とする漁にも比重が移っていったと和歌山県は説明しています。

現在の太地町を語るうえで、ここからつながってくるのがイルカ漁です。

太地町とイルカの追い込み漁

一般には「クジラ」と「イルカ」を別の動物のように考えがちですが、水産庁によると生物学上に明確な境界があるわけではなく、比較的小型の鯨類を慣用的にイルカと呼んでいます。

太地町では現在も、小型鯨類を対象とした追い込み漁が行われています。

日本のイルカ漁は自由に捕獲できるものではなく、関係する都道府県知事の許可を受けて行われます。また水産庁は、資源調査をもとに種ごとの捕獲可能量を算出し、それを関係する道県へ配分する仕組みを取っています。

和歌山県は、太地町のイルカ漁について、漁業法に基づく知事許可漁業として行われており、地域の産業や伝統文化の一部でもあると説明しています。

一方で、太地町のイルカ漁、とりわけ追い込み漁については、動物福祉などの観点から国内外で議論や批判の対象にもなってきました。和歌山県が専用の公式見解を公表していること自体、この問題について異なる価値観が存在してきたことを示しています。

旅行記ではどちらかの立場を強く主張するより、

「太地町には400年以上続く捕鯨文化があり、現在も小型鯨類の漁が行われている。一方、そのあり方についてはさまざまな意見がある」

くらいに書いておくのが適切だと思います。

その歴史を知ることができる「くじらの博物館」

そんな太地町にあるのが、今回訪れた太地町立くじらの博物館です。

ここは単なるイルカショーの施設ではありません。

博物館では、太地町の捕鯨の歴史や文化、鯨類の生態についての資料を収集・展示しており、一方でクジラやイルカなどの生体展示も行っています。博物館と水族館の両方の性格を持っている施設です。

自分が特に印象に残ったのが、イルカを水中から見られるエリアでした。

頭上や目の前をイルカが泳いでいく姿を、かなり近い距離から見ることができます。

ただ、太地町の歴史を知ってから振り返ると、ここは単に「イルカを見て楽しむ場所」というだけではありませんでした。

この町が何百年にもわたって鯨類とどう関わってきたのかを知る場所でもある。

旅行前は「紀伊勝浦の近くにくじらの博物館があるから行ってみよう」という感覚でしたが、実際に太地町を訪れてみると、町そのものにクジラとの長い歴史があることが分かりました。

紀伊勝浦でマグロを食べ、紀の松島を船から眺め、さらにカーシェアで太地町まで足を伸ばす。

鉄道の駅を一つの拠点にして、その周辺にある文化まで見に行く。

これも今回の一筆書き旅で印象に残った寄り道の一つです

くじらの博物館では鯨への餌やりも体験

太地町立くじらの博物館では、展示を見たりイルカを水中から観察したりするだけでなく、鯨への餌やりも体験しました。

実際に目の前までやって来る鯨に、自分の手で餌を与えます。

水槽越しに眺めるのとは違い、近い距離で見ると体の大きさや動きの迫力をより強く感じました。

今回ここを訪れるまでは、太地町について「くじらの博物館がある町」という印象が中心でした。

しかし実際には、イルカを間近で見たり、鯨への餌やりを体験したり、さらに町の捕鯨の歴史を知ったりすることで、太地町と鯨類との関係をいろいろな角度から体感できた場所になりました。

特に、太地町には400年以上にわたる捕鯨文化があります。

その歴史を知ったうえで博物館を回ると、単に「鯨やイルカを見る観光施設」というだけでなく、この地域が長い年月をかけて鯨類とどのように関わってきたのかを知る場所でもあると感じました。

もちろん、現在の捕鯨やイルカ漁についてはさまざまな考え方があります。

ただ、自分自身が実際に太地町へ行き、博物館を見て、鯨への餌やりまで体験したことで、ネットや文章だけで知るのとは違う経験になりました。

紀伊勝浦駅からタイムズカーシェアを利用して足を伸ばしましたが、鉄道旅の途中にここまで寄り道した価値は十分にありました。

夕食は紀伊勝浦の「桂城」で鯨定食

太地町のくじらの博物館を見学したあと、紀伊勝浦へ戻りました。

この日の夕食で訪れたのが、紀伊勝浦にある「桂城」です。

昼間は太地町で、地域と鯨との長い関わりや捕鯨文化について見てきました。

そこで夕食も、この地域ならではのものを食べてみようと思い、鯨定食を注文しました。

定食には鯨の刺身や揚げ物などが並びました。

普段の生活では、鯨料理を食べる機会はほとんどありません。

だからこそ、太地町で捕鯨文化について知ったその日の夜に、実際に鯨料理を食べるという流れは印象に残っています。

博物館では鯨やイルカを間近で見て、鯨への餌やりも体験。

その一方で、この地域では昔から鯨が漁業や食文化とも深く結びついてきました。

「見る」「歴史を知る」「食文化として味わう」

同じ一日の中で、鯨と地域との関係をいろいろな方向から体験することになりました。

鯨料理については人それぞれ考え方もあると思いますが、自分にとっては、旅行先の文化を実際に知るという意味でも貴重な経験でした。

この日の紀伊勝浦では、昼に生まぐろを食べ、紀の松島を巡り、カーシェアで太地町のくじらの博物館へ行き、夜は桂城で鯨料理。

南紀の海と食文化をかなり濃く体験した一日になりました。

桂城 (紀伊勝浦/郷土料理)
★★★☆☆3.46 ■予算(夜):¥2,000~¥2,999

2日目の宿は南紀勝浦温泉「万清楼」

紀伊勝浦での2日目、この日の宿泊先に選んだのが南紀勝浦温泉の料理旅館「万清楼」です。

万清楼は勝浦港のすぐそばに建つ料理旅館で、現在の公式サイトでは**「南紀勝浦の食材を味わう料理旅館」**として紹介されています。JR紀伊勝浦駅から徒歩約10分と案内されており、鉄道で紀伊勝浦を訪れる旅行とも組み合わせやすい立地です。 

今回のように特急南紀で紀伊勝浦まで来て、周辺を観光した後に泊まる宿としても使いやすい場所でした。

「ホテル浦島チェーン」の料理旅館

万清楼について特徴的なのが、紀伊勝浦を代表する大型温泉宿**ホテル浦島と同じ「ホテル浦島チェーン」**の宿であることです。

万清楼の公式サイトにも「ホテル浦島チェーン」と明記されており、ホテル浦島については「姉妹館」として案内されています。 

ただ、宿の雰囲気はホテル浦島とはかなり違います。

ホテル浦島が多数の温泉を巡ることのできる大型温泉ホテルなのに対し、万清楼は南紀勝浦の海の幸と、落ち着いた旅館滞在を楽しむ料理旅館という位置づけです。公式サイトでは、勝浦の生まぐろをはじめ、熊野牛、伊勢海老、鯨肉、鮑など、紀州の食材を使った会席料理を特色としています。 

今回自分は夕食を紀伊勝浦の「桂城」で鯨定食にしたので、万清楼の会席料理を夕食として食べたわけではありません。

それでも、料理旅館に泊まりながら、夕食では町へ出て紀伊勝浦の鯨料理を食べるという使い方もできました。

万清楼にも源泉かけ流しの温泉がある

「ホテル浦島の温泉へ行ける」という部分が目立ちますが、万清楼そのものにも温泉があります。

館内には源泉かけ流しの庭園風呂**「千代の湯」**があり、宿から出なくても南紀勝浦温泉を楽しめます。 

長時間列車に乗り、紀伊勝浦に到着してから紀の松島や太地町まで回った一日の最後だったので、温泉に入って休める旅館を宿泊先にしたのは、この旅との相性も良かったです。

最大の楽しみは、船でホテル浦島の温泉へ行けること

そして万清楼の宿泊で特に印象に残っているのが、ホテル浦島の温泉も利用できたことです。

万清楼の玄関前には桟橋があり、そこから連絡船に乗ってホテル浦島へ向かいます。

公式サイトでは、万清楼からホテル浦島までは船で約5分。宿泊者は浴衣姿のまま船に乗り、ホテル浦島の温泉巡りを楽しめると案内されています。 

自分が宿泊した2023年12月も、万清楼の宿泊者としてホテル浦島の温泉を利用することができました。

旅館を出て、夜の勝浦港から船に乗って温泉へ向かう。

普通なら「宿の大浴場へ行く」で終わるところが、ここでは温泉へ入りに行くこと自体が一つの小さな旅になっていました。

今回の3日間の鉄道旅ではさまざまな乗り物を使いましたが、紀伊勝浦では観光船だけでなく、ホテルへ向かうためにも船に乗ることになりました。

ホテル浦島の「忘帰洞」へ

ホテル浦島で特に有名なのが、天然の洞窟を利用した大洞窟温泉**「忘帰洞」**です。

現在も万清楼公式サイトでは、万清楼宿泊者がホテル浦島の「忘帰洞」などの温泉を利用できると案内されています。 

洞窟の中に温泉があり、その先に太平洋が広がるという、普通のホテルの大浴場とはかなり違った環境です。

浴室は撮影禁止なので公式サイトをご覧ください

大洞窟風呂 忘帰洞 | 南紀勝浦温泉の宿 ホテル浦島【公式】
和歌山県南紀勝浦温泉のホテル浦島の大洞窟風呂 忘帰洞のご案内。紀州藩主の徳川頼倫公に「帰るのを忘れさせるほど」と名付けられた他の温泉地では味わう事が出来ない大洞窟の迫力と、荒波せまる太平洋の景色をご堪能いただけます。

自分にとっても、

万清楼に泊まる
→ 浴衣で外へ出る
→ 船に乗る
→ ホテル浦島へ渡る
→ 洞窟温泉に入る

という一連の体験そのものが強く印象に残りました。

※ホテル浦島の営業日や利用できる浴場は時期によって変わる場合があります。現在も工事や休館日に伴って一部浴場が利用できない期間が設定されることがあるため、これから泊まる場合は公式サイトで最新情報を確認するのがおすすめです。 

じゃらんnetで南紀勝浦温泉ホテル浦島を予約する

客室は昔ながらの旅館らしい和室が中心

万清楼には複数タイプの和室や洋室があります。

現在の公式サイトでは、10畳+6畳、8畳+4.5畳、12畳などの和室をはじめ、洋室も用意されています。また、海側の客室も設定されています。 

大型リゾートホテルというよりは、紀伊勝浦まで来て温泉旅館らしい雰囲気の中で落ち着いて泊まるという使い方が似合う宿だと思います。

洗面台の様子

部屋内の浴室

アメニティ類

朝食もとても豪華でした。

勝浦観光の拠点としても便利だった

立地も今回の旅行には合っていました。

万清楼は紀伊勝浦駅から徒歩圏内にあり、専用の無料駐車場もあります。 

自分の場合は紀伊勝浦を拠点として、

紀の松島めぐりを楽しみ、

タイムズカーシェアを利用して太地町のくじらの博物館へ行き、

紀伊勝浦へ戻って桂城で鯨料理を食べ、

その夜を万清楼で過ごしました。

つまり、単に「列車を降りて泊まる宿」というより、紀伊勝浦・太地周辺を動き回るための拠点になりました。

翌朝には再び紀伊勝浦駅へ向かい、今度は特急くろしおに乗って関西方面へ。

今回の旅では、

1日目:名古屋・ウェルビー栄
2日目:紀伊勝浦・万清楼

と、かなりタイプの違う宿を選んだのも面白かったところです。

万清楼に泊まって特に印象に残ったこと

自分にとって万清楼の魅力は、単に「温泉旅館に一泊した」というだけではありませんでした。

落ち着いた料理旅館に宿泊しながら、船に乗って姉妹館のホテル浦島へ行き、大規模な温泉巡りまで楽しめる。

この組み合わせがかなり特徴的です。

紀伊勝浦という海の町らしく、駅・港・旅館・船・温泉が一続きになっているような感覚がありました。

鉄道で紀伊勝浦まで来たからこそ、駅を降りたあともその土地ならではの移動や温泉まで楽しむことができた。

今回の一筆書き乗車券旅の2日目を締めくくる宿として、万清楼はかなり印象に残っています。

じゃらんnetで料理旅館 万清楼の宿泊プランを見る

3日目|紀伊勝浦から関西・北陸を経て首都圏へ

3日目は朝からかなり動きます。

名残惜しいですが紀伊勝浦を離れます

朝の勝浦港も最高でした。

まず紀伊勝浦から乗ったのが特急くろしおです。ここから新大阪まで4時間越えの旅が始まります。

くろしお号とはJR西日本が運行する京都・新大阪と和歌山・白浜・新宮を結ぶ阪和線、紀伊本線の特急です。

このときは2編成しかない283系にも乗車しました。オッシャンアローの名称で親しまれています。

くろしお号は287系、289系の運用が多く、また新宮発着より白浜発着が多く本当に奇跡だったと思います。

独特な流線型の車体とイルカみたいな前面。

自分にとって、この旅で乗りたかった列車の一つでした。


車内ラウンジから海を見る

283系で印象的だったのが、車内から海を眺められるスペースです。

グリーン車の全面展望が良かったですが、普通車の指定を取ったので、4号車のあるラウンジ展望室に行きました。ラウンジは追加料金かかりません。

普通に座席へ座っていても移動できます。

でも、せっかく紀伊半島を走るなら海を見たい。

大きな窓から朝の和歌山の太平洋を眺めながら進む時間は、かなり贅沢でした。


和歌山を通って新大阪へ

列車は紀伊本線を西へ進み串本、白浜、紀伊田辺を経由し和歌山へ。和歌山までも3時間かかります。

和歌山から列車は阪和線に入り天王寺を目指します。

長かった和歌山県から大阪府へは入ります。

そして天王寺から先が、この列車の面白いところです。

くろしおはそのまま一般的な大阪駅の地上ホームへ向かうのではなく、大阪環状線の西側を通り、福島駅付近から東海道線支線(梅田貨物線)を経由して大阪駅の地下ホームへ入ります。

大まかに書くと、

紀伊勝浦
→ 紀勢本線
→ 和歌山
→ 阪和線
→ 天王寺
→ 大阪環状線
→ 東海道線支線(梅田貨物線)
→ 大阪駅地下ホーム
→ 新大阪

というルートです。

JR西日本はこの東海道線支線を、**「新大阪駅から大阪環状線に至る線路」**と説明しています。もともと大阪駅の北側にあった梅田貨物駅周辺を通っていた線路で、一般には「梅田貨物線」と呼ばれてきた区間です。 

大阪環状線から地下へ入っていく

天王寺から大阪市内へ入ると、くろしおは大阪環状線の西側を走ります。

その先で大阪環状線から東海道線支線へ入り、大阪駅方面へ。

この東海道線支線は、以前は大阪駅の西側・北側を通過してそのまま新大阪へ抜けていたため、くろしおは大阪の中心部を走っているのに大阪駅には停車しないという少し特殊な運転をしていました。

実際、以前のくろしおは大阪駅に止まれない代わりに西九条駅に停車して新大阪へ向かっていました。

2023年にルートが地下化され、大阪駅に停車するようになった

大きく変わったのが2023年3月18日です。

大阪駅北側のうめきた地区の再開発に合わせ、東海道線支線の一部が地下化され、そこに大阪駅(うめきたエリア)の地下ホームが開業しました。 

これによって、それまで大阪駅を通過していた特急くろしおと関空特急はるかが、初めて大阪駅に停車できるようになりました。 

これを機に西九条駅停車は無くなりました。

自分がこの旅をしたのは2023年12月。

つまり、大阪駅の地下ホームが開業してまだ1年も経っていない時期に、この新しいルートをくろしおで通ったことになります。

地上を走ってきた列車が大阪市内で地下へ入り、そのまま大きな地下ホームへ到着する。

普通の大阪環状線やJR京都線で大阪駅に入るのとは、かなり雰囲気が違います。

大阪駅といっても、くろしおが停車するのは従来からある地上ホームではなく、うめきたエリアに新設された地下ホームです。

地下ホームは大阪駅の一部として整備されているため、別の「うめきた駅」という駅ではなく、駅名としては同じ大阪駅です。JR西日本は地下駅を島式ホーム2面4線で整備しています。 

大阪駅からさらに新大阪へ

大阪駅地下ホームを出発すると、くろしおはそのまま東海道線支線を北へ進み、新大阪駅へ向かいます。おおさか東線もこの地下駅から出発します。

つまり、

大阪環状線
→ 大阪駅地下ホーム
→ 新大阪

を一本の特急列車で通り抜けることになります。

自分はここでくろしおを降り、新大阪から次の目的地である京都へ向かいました。

紀伊勝浦の海沿いから始まり、紀勢本線、阪和線、大阪環状線、そして2023年に開業したばかりの大阪駅地下ホームまで。

一つの特急列車に乗っているだけでも、路線の性格や景色が次々と変わっていく。

これも今回の一筆書き鉄道旅で面白かった区間の一つでした。

そして新大阪へ。

おおさか東線のホームに発着します。

紀伊勝浦の海や山から、大阪の大都市へ。

数時間で景色がまったく違う世界になります。


新大阪から京都は新幹線で時間短縮

新大阪から京都までは在来線でも移動できます。

しかし、この日の予定はまだかなり残っていました。

そこで時間短縮のため、東海道新幹線を利用しました。

長距離旅行だからといって、すべての区間をゆっくり移動する必要はありません。

景色を楽しみたい区間では時間を使う。

観光時間を増やしたい区間では新幹線を使う。

時間を買うことも旅程の一部でした。

東海道新幹線なら新大阪〜京都は12分で着きます。

この区間はJR京都線新快速でも途中高槻にしかとまらないので30分もかかりません。


京都から嵐山へ寄り道

京都からは、一筆書き乗車券の本来の経路とは別に、追加料金を支払ってJR嵯峨野線に乗り、嵯峨嵐山方面へ向かいました

嵯峨野線は京都駅31-34番のりばから発車

ここからは一度、長距離移動を忘れて京都観光です。

嵯峨嵐山駅到着


渡月橋へ

嵐山では渡月橋へ行きました。

青空。

山。

川。

そして渡月橋。

紀伊半島とはまた違った景色です。

3日間しかない旅行でしたが、こうした観光時間もしっかり入れました。

嵐山では「そばしき 嵐山総本店」で手打ちそば

嵐山では渡月橋などを散策したあと、昼食を取ることにしました。

今回入ったのが、「手打ちそば そばしき 嵐山総本店」です。嵐電・嵐山駅からすぐの場所にあり、JR嵯峨嵐山駅からも徒歩圏内にある蕎麦店です。 

この店は2022年にオープンした手打ちそばの専門店で、国産そばを使った石臼挽きのそばを特徴としています。天ぷらとそばを組み合わせた御膳や、つけ汁そばなども提供されています。 

自分がここで食べたのも、今回の旅で楽しみにしていた食事の一つでした。

名古屋ではあつた蓬莱軒のひつまぶし。

紀伊勝浦では生まぐろと鯨料理。

そして京都・嵐山では手打ちそば。

3日間の旅の中で、移動する地域が変わるたびに、その土地で違う料理を楽しめたのも印象に残っています。

嵐山は観光客の多いエリアですが、渡月橋を見て歩き回ったあとに食べるそばは、ちょうど良い休憩にもなりました。

列車の乗り継ぎを優先すれば食事時間を削ることもできますが、今回の旅では、目的地まで急ぐだけではなく、その土地で食べる時間も旅の一部として取りました。

食事を終えたあとは、さらに嵯峨野トロッコ列車へ。

嵐山観光から再び鉄道旅へ戻っていきます。

手打ちそば そばしき 嵐山総本店 (嵐山(京福)/そば)
★★★☆☆3.21 ■旬の京素材を贅沢に使用した石臼挽き手打ちそばで四季を感じる極上のひととき。そばしき。 ■予算(夜):¥2,000~¥2,999

嵯峨野トロッコ列車とは

嵐山で手打ちそばを食べた後は、嵯峨嵐山駅すぐそばのトロッコ嵯峨駅まで歩き、嵯峨野トロッコ列車に乗りました。

嵯峨野トロッコ列車は、京都の嵯峨・嵐山から保津峡を抜け、亀岡までを結ぶ観光列車です。

運行しているのは嵯峨野観光鉄道。営業区間はトロッコ嵯峨駅からトロッコ亀岡駅までの7.3kmで、途中にトロッコ嵐山駅、トロッコ保津峡駅があります。全区間の所要時間はおよそ25分です。

もともとはJR山陰本線だった線路

この路線の面白いところは、最初から観光鉄道として造られたわけではないことです。

現在の嵯峨野トロッコ列車が走る線路は、もともとJR山陰本線の旧線でした。

山陰本線の複線電化に伴って使われなくなった一部区間を観光鉄道として再利用し、1991年4月27日に嵯峨野観光鉄道として営業を開始しました。会社自体はJR西日本が100%出資しています。

つまり、現在は観光列車としてゆっくり走っている線路を、かつては山陰本線の普通列車などが実際に走っていたことになります。

鉄道旅として考えると、廃線になった旧ルートを別の形で今も列車が走っているというのがかなり面白いところです。

保津川渓谷を眺めながら亀岡へ

トロッコ列車の大きな魅力は、車窓から見える保津川渓谷です。

嵯峨・嵐山から亀岡へ向かう途中、列車は保津川に沿うように走ります。

春は桜、新緑の季節は鮮やかな緑、秋は紅葉など、季節によってまったく違う景色を楽しめる路線として案内されています。

新幹線や特急のように、目的地へ早く着くための列車ではありません。

むしろ速度を落として、

「移動する時間そのものを観光にする」

ための列車です。

今回の旅では、東京から名古屋までは東海道新幹線、名古屋から紀伊勝浦までは特急南紀、紀伊勝浦から関西までは特急くろしおと、長距離を移動する列車を乗り継いできました。

その中に、あえてゆっくり走るトロッコ列車を入れたことで、また違った鉄道の楽しみ方ができました。

トロッコ亀岡駅まで乗車

自分は嵯峨・嵐山側から乗車し、終点のトロッコ亀岡駅まで向かいました。

トロッコ亀岡駅は亀岡観光や保津川下りなどの拠点にもなっています。

ただし、今回の自分の旅ではここから保津川下りには向かいませんでした。

トロッコ亀岡駅から歩いて、JR嵯峨野線の馬堀駅へ。

そこからJRに乗って再び京都駅へ戻りました。

つまり、

嵯峨嵐山
→ トロッコ列車
→ トロッコ亀岡
→ 徒歩
→ 馬堀駅
→ JR嵯峨野線
→ 京都

というルートです。

この乗り方なら、トロッコ列車を往復するのではなく、片道だけトロッコを楽しみ、帰りはJRで時間を短縮することができます。

今回のように3日間で紀伊半島・関西・北陸まで回る旅では、この組み合わせがかなり使いやすかったです。


京都駅でお土産を買って北陸へ

京都へ戻った後は、お土産を購入。

そして今度は北陸方面へ向かいます。

もちろん東海道新幹線で東京に戻るのが一番早いですが、これだと名古屋から先が経路が被ってしまいす。

ここで乗ったのがJR湖西線・北陸本線特急サンダーバードです。

大阪〜敦賀を結ぶ特急で2024年3月まで大阪〜金沢を結んでいました。

北陸新幹線金沢〜敦賀開業に伴い敦賀まで縮小されました。また、北陸本線の敦賀〜大聖寺はハピラインふくいに大聖寺〜金沢はIRいしかわ鉄道に移管されました。

現在とは違い、自分が旅行した2023年12月は、北陸新幹線の金沢~敦賀間がまだ開業していませんでした。

そのため、このときのルートは、

京都 → 敦賀 → 金沢

までサンダーバードで移動。途中湖西線は線形よく、琵琶湖を背にしながら、130キロで爆走。12月なので近江今津駅あたりから雪が目立ち始め、湖西線と北陸本線が交わる近江塩津駅ではだいぶ雪が積もっていました。湖西線は雪や風で止まりやすく、比良山系関係の比良下ろしの影響は特に受けやすいです。そのためサンダーバード号は東海道本線を米原まで走り、そこから北陸本線に入るという迂回ルートで運行することも多々あります。

列車は近江塩津を出ると、深坂トンネルを超えて福井県へ入ります。

この切符も貴重かつ、サンダーバード号も全席指定化また、乗り継ぎ割引も2024年の3月のダイヤ改正で無くなりました。

今じゃもう見れない金沢行サンダーバード

敦賀駅到着時に

今では敦賀駅の特急専用のりばから発車するので、このホームから発車するのも貴重な写真

今では同じ乗り方ができないという意味でも、当時の鉄道旅の記録になりました。


夜の金沢へ

敦賀駅を出て北陸トンネルを越え、列車は途中福井駅と小松駅に停車。

様々な停車パターンがあり、武生、鯖江、芦原温泉、加賀温泉、松任に停車する便もあります。

(2024・3北陸新幹線延伸に伴い敦賀止まりになったため、今はいずれも見られず。)

そして京都から2時間でサンダーバード号は金沢へ到着。

朝太平洋側の那智勝浦町にいたのが嘘みたいに気候が違いました。日本海側の雪景色でした。

金沢駅の有名な鼓門。ライトアップと雪景色がとてもいい。

ここまで来ると、この日だけでも、

紀伊勝浦
→ 和歌山
→ 大阪
→ 新大阪
→ 京都
→ 嵐山
→ 亀岡
→ 京都
→ 金沢

とんでもない移動量です。

ただ、まだ旅は終わりません。

金沢駅では「魚菜屋」へ|乗り換え時間に北陸の海鮮

京都から特急サンダーバードに乗り、この日の夕方から夜にかけて金沢駅へ到着しました。

今や在来線の金沢駅ホームはJRのマークはないので貴重

IRいしかわ鉄道の521系

自分がこの旅をした2023年12月当時は、まだ北陸新幹線の金沢~敦賀間が開業する前。そのため京都からサンダーバードで金沢まで来て、ここで北陸新幹線「かがやき」へ乗り換える旅程でした。

金沢では次の列車まで少し時間があったので、駅の中で夕食を取ることにしました。

そこで立ち寄ったのが、「魚菜屋(さかなや)です。

魚菜屋は金沢駅構内の金沢百番街「あんと」にある和食・海鮮料理の店で、金沢百番街の公式案内でも海鮮丼や寿司などを扱う店舗として掲載されています。駅から外へ大きく移動せず利用できるので、今回のような乗り換え途中にも立ち寄りやすい店です。 

ここでは海鮮を食べました。

3日間という短い旅でしたが、移動する地域が変わるたびに食べるものも変わっていきました。

名古屋ではひつまぶし、紀伊勝浦では生まぐろや鯨料理、京都・嵐山では手打ちそば。

そして旅の終盤、北陸まで来たところで金沢の海鮮です

魚菜屋では現在も、能登をはじめとする魚介を使った海鮮料理、海鮮丼、定食などを提供しています。 

自分の場合、金沢観光のために長時間滞在したわけではありません。

それでも、

「乗り換え時間だからホームで待つ」

ではなく、

「せっかく金沢まで来たのだから、その時間で海鮮を食べる」

ことにしました。

短い乗り換え時間でも、その土地のものを食べれば、単なる乗換駅ではなく旅の一地点になります。

食事を終えた後は金沢駅へ戻り、この日の**最終の東京行き北陸新幹線「かがやき」**へ。

ここから一気に大宮まで戻り、3日間にわたる紀州・関西・北陸の一筆書き旅もいよいよ最後の区間に入ります。

乗り換えだからといって、ただホームで待つのではなく、

1時間あれば1時間なりの楽しみ方をする。

これも今回の旅で何度もやったことです。

魚菜屋 (金沢/居酒屋)
★★★☆☆3.49 ■★ 水産会社直営。能登直結!七尾の魚、入荷中 ★ ■予算(夜):¥3,000~¥3,999

最終の東京行き「かがやき」へ

最後に乗ったのが北陸新幹線「かがやき」です。

小松駅の表記が消されているのも貴重

この日の最終の東京行き。

自分は大宮まで乗車しました。

途中停車駅は富山、長野、大宮です。

北陸新幹線は東京(正式には高崎)〜上越妙高はJR東日本、上越妙高〜敦賀はJR西日本と一つの新幹線で珍しく二つの会社が運営する路線です。1997年に長野五輪に向けて、高崎〜長野が先行開通。しばらくは長野新幹線と呼ばれていました。2015年に長野〜金沢が開通し、東京と北陸のアクセスが飛躍的に向上し、今まで大阪、京都との結びつきが強かったのが変わっていきました。2024年に金沢〜敦賀が開通し東京からさらに福井へのアクセスも向上しました。ただ大阪、京都、名古屋方面は全て敦賀乗り換えとなってしまいました。

東京方面からスタートして西へ向かい、

東海道。

紀伊半島。

関西。

北陸。

そして北陸新幹線で首都圏へ。

ようやく大きな一周が終わりました。


3日間の旅程まとめ

今回の旅を簡単にまとめると、

1日目

東京

東海道新幹線

名古屋

ひつまぶし

ウェルビー栄泊

2日目

名古屋

特急南紀

紀伊半島

紀伊勝浦

マグロ

くじらの博物館

万清楼泊

ホテル浦島の温泉

3日目

紀伊勝浦

特急くろしお

和歌山

新大阪

東海道新幹線

京都

嵯峨嵐山

渡月橋

蕎麦

嵯峨野トロッコ列車

トロッコ亀岡

徒歩

馬堀

嵯峨野線

京都

特急サンダーバード

金沢

海鮮

北陸新幹線かがやき

大宮

改めて並べると、特に3日目はかなり詰め込んでいます。


一筆書き乗車券旅をやって感じたこと

今回の旅行で感じたのは、

旅は「目的地」だけではない

ということです。

東京から名古屋へ行くだけなら、往復すればいい。

紀伊勝浦だけが目的なら、紀伊勝浦へ行って帰ればいい。

京都や金沢についても同じです。

でも、あえて全部を一本の大きな旅程につなげることで、

本来なら通過するだけだった場所。

わざわざ行かなければ見なかった景色。

乗らなかった列車。

食べなかった料理。

そういったものまで、全部旅の一部になりました。

一筆書き乗車券を使ったからこそ、

「次はどこへ行こう」

ではなく、

「この先の線路を進んだら、どこへつながるんだろう」

という旅ができた気がします。


乗車券は旅の「骨格」だった

今回の旅では、京都から嵐山のように別料金で寄り道した区間もありました。

新幹線や特急も別途利用しました。

つまり、一筆書き乗車券一枚だけで全行程を完結させたわけではありません。

それでも、この乗車券があったから、

東京 → 紀伊半島 → 関西 → 北陸 → 首都圏

という大きな流れができました。

自分にとっては、

一筆書き乗車券が旅の骨格で、観光や食事、寄り道をそこへ肉付けしていく

ような感覚でした。


まとめ|「どうやって行くか」まで楽しむ旅

今回の3日間では、

東海道新幹線。

特急南紀。

特急くろしお。

嵯峨野線。

トロッコ列車。

サンダーバード。

北陸新幹線。

さらに船まで利用しました。

そして、

ひつまぶし。

マグロ。

旅館の食事。

蕎麦。

金沢の海鮮。

さまざまな土地の食事も楽しみました。

一筆書き乗車券を使うこと自体も面白かったですが、それ以上に感じたのは、

どこへ行くかだけでなく、どうやって行くかも旅になる。

ということでした。

最短ルートでは見られない景色があります。

寄り道しなければ知らなかった場所があります。

鉄道で長い距離をつなぐことで、一つ一つの場所が線になっていく。

これが、自分が一筆書き乗車券の旅をして面白いと思った一番の理由です。

また機会があれば、違うルートでも一筆書きの鉄道旅をやってみたいと思っています。

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