一期一会と、その先の派生|その場所へ行ったからこそ出会えた人たち

人生・考え方

「一期一会」という言葉があります。

その人と会える機会は一度きりかもしれない。だからこそ、その瞬間、その出会いを大切にする。

自分も以前は、旅行先やイベントなどで偶然知り合った人との出会いを「一期一会」と考えることが多かったです。

普段とは違う場所へ行き、たまたま同じタイミングでそこにいた人と話す。

確かに、これは分かりやすい一期一会です。

でも最近、自分のこれまでを振り返っていて思うことがあります。

一期一会は、旅行やイベントのような特別な場所だけにあるものではない。

学校で毎日のように会っていた人もそうです。

サークルで一緒だった人。

アルバイト先で一緒に働いた人。

会社で毎日のように顔を合わせている人。

そのときは「そこにいるのが当たり前」に見えます。

しかし、自分がその学校へ行かなければ。

そのサークルへ入らなければ。

そのアルバイトを選ばなければ。

その会社へ入らなければ。

その人とは、おそらく出会っていません。

そう考えると、日常の中にも一期一会はたくさんあります。

そして自分の場合、一つの出会いがその場だけで終わらず、別の人、場所、趣味、仕事、コミュニティへ派生してきたことが何度もありました。

今回は、自分がこれまで経験してきた「一期一会」と、その先に生まれてきた「派生」について書いてみます。


旅行先だけが一期一会ではない

一期一会という言葉から、旅先で偶然知り合った人を思い浮かべる人は多いと思います。

自分も旅行やサウナ、イベントなどへ行く機会が増えてから、そうした出会いを意識するようになりました。

でも、よく考えてみると学校も同じです。

別の高校へ進学していたら。

別の大学を選んでいたら。

同じ大学でも、違う授業やサークルを選んでいたら。

出会わなかった人はたくさんいるはずです。

会社も同じです。

別の会社へ就職していたら。

違う部署に配属されていたら。

入社する時期が少し違っていたら。

今普通に話している人と、一度も会わなかった可能性があります。

そう考えると、普段の人間関係もかなり偶然の積み重ねです。


毎日会う人ほど「一期一会」だと気づきにくい

学校や会社では、同じ人と何度も会います。

最初は知らない人だったはずなのに、毎日顔を合わせているうちに、その人がいること自体が普通になります。

「また明日会う」

「来週も一緒に働く」

そう思っているから、その時間が期間限定であることをあまり意識しません。

でも、学校には卒業があります。

会社には異動や転職、退職があります。

アルバイトもいつか辞める時が来ます。

昨日まで当たり前のように会っていた人と、環境が変わっただけでほとんど会わなくなることがあります。

自分もこれまで、学校や仕事など複数の環境を経験してきました。

そのときは永遠に続くように感じていた日常も、今振り返れば限られた期間でした。

だから最近は、学校や会社も一種の「期間限定のコミュニティ」なのだと思うようになりました。


大学時代は複数のサークルを掛け持ちしていた

振り返ると、自分は大学時代から複数の環境へ入ることが多かったです。

大学では、一つのサークルだけではなく、複数のサークルを掛け持ちしていました。

一つの場所にずっと所属するというより、興味を持ったところには参加してみることが多かったです。

当然、サークルが変わればそこにいる人も変わります。

同じ大学の学生でも、学部や学年、普段関わっている人たちは違います。

一つのサークルだけに所属していたら出会わなかった人とも、別のサークルに参加することで知り合うことができました。

当時から「人脈を広げよう」と考えていたわけではありません。

単純に、

「面白そうだな」

「やってみたいな」

と思ったから参加していました。

でも今になって振り返ると、それによって自分が出会える人や経験の幅はかなり広がっていたと思います。


アルバイトも掛け持ちしていた

大学時代は、アルバイトについても掛け持ちすることがありました。

アルバイト先が変われば、そこには大学とはまったく違う人間関係があります。

学生だけではありません。

年齢の違う人。

違う学校に通っている人。

社会人。

自分とは異なる生活をしている人。

大学の中だけで生活していたら接点のなかった人たちと、一緒に仕事をすることになります。

サークルを掛け持ちする。

アルバイトも掛け持ちする。

そうすることで、単純に予定が増えただけではありません。

今考えると、自分と社会との接点そのものが増えていたのだと思います。


新しい環境へ入ることへの抵抗は比較的少なかった

自分には昔から、新しい環境へ入ることへの抵抗が、それほど強くなかったように思います。

もちろん、初めて行く場所で全く緊張しないわけではありません。

知らない人ばかりの場所なら、

「どんな人がいるんだろう」

「どんな雰囲気なんだろう」

と思います。

でも、

「知らない環境だから行かない」

という選択には、比較的なりにくかったです。

興味を持ったら、一度行ってみる。

経験したことのない仕事でも、とりあえずやってみる。

知っている人がいなくても、面白そうなら参加してみる。

大学時代に複数のサークルやアルバイトを経験できたのも、こうした感覚があったからだと思います。


大学時代と今では「飛び込む場所」が変わった

大学時代と現在では、生活は大きく変わりました。

大学生の頃は、

大学。

サークル。

アルバイト。

こうした場所が、新しい人と出会う主な環境でした。

現在では、

仕事。

副業。

旅行。

サウナ。

アウトドア。

ランニング。

ジム。

イベント。

資格の勉強。

などへ広がっています。

一見すると全く違う生活ですが、自分の行動パターンはそれほど変わっていないのかもしれません。

興味を持つ。

行ってみる。

人と出会う。

知らなかったものを知る。

さらに興味を持つ。

また行ってみる。

大学時代にはそれがサークルやアルバイトだった。

今は旅行やイベントなどへ形を変えただけです。


あるサウナ遠征での出会いが、大きな派生のきっかけになった

最近の中で、一つの出会いから別の世界へ大きく派生したことを実感したのが、あるサウナ遠征イベントへの参加でした。

最初から、

「ここで新しい人間関係を作ろう」

「人脈を広げよう」

と思って参加したわけではありません。

単純にサウナや旅行が好きで、面白そうだと思って参加しただけです。

しかし、そこで主催者や参加者と出会ったことで、自分がそれまで知らなかった活動やコミュニティを知るようになりました。

そこから別のコミュニティの存在を知り、実際にそのイベントにも参加するようになりました。

さらに、そのイベントに参加すると、毎回同じ人が来るわけではありません。

以前会った人もいる。

初めて会う人もいる。

久しぶりに会う人もいる。

参加者が変われば、そこで聞ける話も変わります。

すると、

一つのイベントに参加する

人と出会う

別の活動を知る

そこへ行ってみる

また違う人と出会う

さらに別の世界を知る

という派生が起こりました。

最初の一回だけを見れば、単なるサウナイベントへの参加です。

でも、その後まで振り返ると、一つの行動からいくつもの枝が伸びています。


イベントごとに参加者が違うから面白い

イベントへ行く一番の目的は、そのイベント自体です。

サウナならサウナを楽しむ。

旅行ならその土地を楽しむ。

アウトドアなら自然を楽しむ。

それが基本です。

でも、何度か参加しているうちに、自分の中ではもう一つ楽しみが増えました。

「今回はどんな人が来るんだろう」

という部分です。

普段の職場では接点がない人と話すことがあります。

自分とは違う職業の人。

別の趣味を持つ人。

自分の知らない場所へ行っている人。

新しいスポーツに取り組んでいる人。

そんな話を聞いて、

「それ面白そうだな」

と思う。

それがまた次の行動につながります。

だからイベントは、その日の内容だけを楽しむ場所ではなく、自分にとっては次の行動のきっかけが生まれる場所にもなっています。


一人との出会いは、その人一人だけでは終わらない

人との出会いについて考えると、一つ面白いことがあります。

一人の人と知り合ったとします。

表面的には、

「自分とその人」

という二人の関係です。

でも、その人にもそれまでの人生があります。

仕事があります。

趣味があります。

友人がいます。

好きな場所があります。

所属しているコミュニティがあります。

経験してきたことがあります。

つまり、一人の人と話すことは、その人が持っている世界の一部に触れることでもあります。

そこで今まで知らなかったものを知る。

興味を持つ。

自分も行ってみる。

そこにはまた別の人がいる。

だから一人との出会いは、必ずしもその一人との関係だけで完結しません。

その人をきっかけに、自分が知らなかった世界への入口が開くことがあります。


派生するのは人間関係だけではない

出会いから派生するものは、人だけではありません。

自分の場合、

人から人へ

つながるだけではなく、

人から場所へ

人から趣味へ

人からイベントへ

人から仕事へ

人から考え方へ

人から新しい行動へ

という派生もありました。

誰かから聞いた場所へ行ってみる。

知らなかった趣味に興味を持つ。

別のイベントを知る。

違う働き方を知る。

自分とは違う価値観に触れる。

その結果、自分自身の行動まで少し変わる。

一つの出会いが直接人生を大きく変えるというより、こうした小さな派生が何個も積み重なり、自分の世界が少しずつ広がってきたように思います。


ただ「人脈」を増やしたいわけではない

こういう話を書くと、

「いろいろな場所へ行って人脈を作っている」

ように見えるかもしれません。

でも、自分としては少し違います。

誰かと会ったときに、

「この人と知り合ったら何か得するかな」

「誰かを紹介してもらえるかな」

と考えながら付き合いたいわけではありません。

むしろ一期一会の面白さは、最初は何につながるか分からないことだと思っています。

一度しか会わない人もいます。

何度か会って、その後ほとんど会わなくなる人もいます。

何も派生しない出会いもあります。

それでいいと思います。

すべての人間関係を何かの成果にする必要はありません。

その日に聞いた話が、自分の中に少し残る。

数年後になって、その意味に気づく。

それだけでも十分だと思っています。


関係が続かなかったから、無意味だったわけではない

学校や会社を離れると、それまで頻繁に会っていた人と会わなくなることがあります。

学生時代にはよく話していたけれど、卒業後ほとんど会わなくなった人。

職場では毎日のように会っていたけれど、どちらかが辞めてから疎遠になった人。

一度だけ会って、それ以降会っていない人。

人間関係は必ずしも永遠には続きません。

でも、その人との関係が続かなかったからといって、出会いそのものまで無意味になるわけではないと思います。

その人に教えてもらったことが残る。

一緒に行った場所を覚えている。

そこから始めた趣味が今も続いている。

その人の言葉が自分の考え方に残っている。

関係そのものは途切れても、そこから派生したものは残る。

そういう出会いもあります。


新しい環境が全部自分に合うわけでもない

もちろん、新しい場所へ飛び込めば、すべてが良い方向へ進むわけではありません。

参加してみたけれど、自分には合わなかった場所。

やってみたけれど、続かなかったこと。

関わってみた結果、距離を置いた方がいいと思った環境。

そういう経験もあります。

でも、それも実際に入ってみたから分かったことです。

自分の場合、

合うか分からないから行かない

というより、

一度行ってみて、その後に判断する

ことが比較的多かったです。

やってみて必要なら残す。

合わなければ離れる。

新しい環境へ飛び込むことと、すべてを抱え続けることは別です。


普段の学校や会社も、考えてみれば一期一会

そして、今回この記事を書きながら一番強く感じているのがここです。

一期一会は、非日常の場所だけにあるものではありません。

毎日通っていた学校。

今働いている会社。

いつも顔を合わせる同僚。

学生時代の友人。

一緒に働いたアルバイト仲間。

そういう「当たり前の環境」も一期一会です。

自分がそこへ行かなければ会わなかった。

相手もその時期にそこへいなければ会わなかった。

ほんの少し人生の選択が違えば、すれ違うことすらなかったかもしれません。

そう考えると、

今普通に会えていること自体が、実はかなり偶然です。


「また明日会う」が永遠に続くわけではない

学校に通っているとき、

「また明日」

と言って帰ります。

会社でも、

「お疲れさまでした。また明日」

と普通に言います。

でも、その「また明日」が永遠に続くわけではありません。

卒業があります。

異動があります。

退職があります。

転職があります。

環境そのものがなくなることもあります。

昨日まで毎日のように会っていた人と、ある日を境にほとんど会わなくなることがあります。

だから一期一会という言葉は、初対面の人を大切にするだけの言葉ではないのかもしれません。

今、当たり前のように会えている人との時間も、一度きり。

そう考えると、日常の見え方も少し変わります。


当たり前にある環境にも感謝したい

自分は、新しい環境へ入ることに比較的抵抗が少ない方だと思います。

これからも面白そうな場所があれば行ってみたいです。

旅行もしたい。

新しいイベントにも参加したい。

今まで経験したことのないことにも挑戦したい。

でも、新しいものばかりを追いかけて、今すでにある環境を雑に扱うのは違うと思っています。

今働ける場所がある。

一緒に働く人がいる。

普通に話せる人がいる。

同じ趣味を楽しめる人がいる。

何気ない会話ができる人がいる。

そうしたものも、本当は当たり前ではありません。

自分が違う場所を選んでいたら存在しなかった関係です。

だから、新しい出会いを求めることと同時に、今ある環境にも感謝したいと思います。


新しい環境を求めることと、今の環境を大切にすることは両立する

今いる環境に感謝することは、そこに一生いなければならないという意味ではありません。

環境を変えることもあります。

転職することもあります。

コミュニティを離れることもあります。

自分に合わない場所から距離を取ることも必要です。

でも、

「いつか離れる可能性があるから大切にしない」

ではなく、

「いつか終わる可能性があるからこそ、今いる間は大切にする」

という考え方もできます。

新しい環境へ進む。

今の環境にも感謝する。

この二つは矛盾しません。


自分で選べるのは「どんな場所へ行くか」

どんな人と出会うかを、完全に自分で決めることはできません。

学校へ入っても、どんな同級生がいるかは分かりません。

会社へ入っても、誰と一緒に働くことになるかは分かりません。

イベントへ行っても、誰が参加しているかは分かりません。

でも、

自分をどんな場所へ置くか

については、ある程度選ぶことができます。

学校へ行く。

サークルへ入る。

アルバイトをする。

就職する。

転職する。

旅行する。

イベントへ参加する。

新しい趣味を始める。

その場所へ行った先で、誰と出会うかは分からない。

だから面白いのだと思います。


「とりあえず行ってみる」が派生の始まりだった

振り返ると、自分の人生では、

とりあえず一度行ってみる

というところから始まったことがかなりあります。

サークルへ行ってみる。

アルバイトを始めてみる。

知らない場所へ行ってみる。

イベントへ参加する。

単発の仕事をしてみる。

旅行へ行く。

最初から、その行動が何につながるかは分かりません。

でも、一つ前の行動がなければ、その次の出会いもありませんでした。

その場所へ行かなければ、その人と会わない。

その人と会わなければ、新しい活動を知らない。

知らなければ、次の場所へも行かない。

そう考えると、人生は思っている以上に連鎖しています。


一期一会は「点」ではなく「枝」なのかもしれない

以前は、一つの出会いを一つの点として考えていました。

Aさんと会った。

それで一つの出来事。

でも今は、その点から枝が伸びていくイメージを持っています。

一人と出会う。

その人から何かを知る。

自分が動く。

別の場所へ行く。

また別の人と出会う。

さらに違う方向へ派生する。

そして、何年か後に振り返ると、

「あの一回が始まりだったんだな」

と分かる。

だから一期一会の価値は、出会った瞬間には分からないことがあります。


まとめ|新しい一期一会を求めながら、今ある一期一会にも感謝する

自分にとって一期一会とは、旅行先やイベントで偶然会った人だけを指すものではなくなりました。

学校もそうです。

サークルもそうです。

アルバイトもそうです。

会社もそうです。

趣味のコミュニティもそうです。

その場所へ行かなければ、会わなかった。

結局、この一言に尽きるのだと思います。

大学時代には、複数のサークルやアルバイトを掛け持ちしていました。

現在では、旅行やイベントなど、飛び込む場所が変わりました。

でも根本にあるものは同じです。

新しい環境へ入る。

そこで人と出会う。

知らなかった世界を知る。

興味を持って動く。

また別の場所へ行く。

そして新しい一期一会が生まれる。

一方で、新しい出会いばかりが大切なわけではありません。

今、当たり前のように会っている人も、自分がその環境を選ばなければ出会わなかった人たちです。

毎日のように顔を合わせるから、その価値に気づきにくいだけなのかもしれません。

「また明日会う」

と思っている時間も、いつか終わります。

だからこれからも、新しい環境へ飛び込むことは続けたいと思います。

そして同時に、今すでにある環境にも感謝したい。

新しい一期一会を求めながら、今目の前にある一期一会も大切にする。

一つの出会いから、新しい場所や経験へ派生していく。

そして、ときどき今いる場所を振り返る。

それが、今の自分が考える

「一期一会と、その先の派生」

です。

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